プロジェクトについて。

 現在から未来へと時を刻む「からくり時計」は、古今東西を問わず、その街の歴史・文化・産業を伝えるシンボルとしての役割を担ってきた。今、数百年の豊かな歴史・文化をもつ静岡市に、大航海時代の『駿府城下町の音』を蘇らせ、未来へと引き継ぐことを目的に、「駿府静岡からくり時計」づくりを、私たち静岡市民の夢として提案したい。 夢の実現を通じて、静岡市の魅力ある商店街や地場産業の力を最大限引き出し、平成の新たな街おこしにつなげたい。

日本最古の洋時計。

 昨年国宝に指定された久能山束照宮には、日本最古の洋時計がある。その時計は、400年前当時のスペイン国王フェリーべが徳川家康に献上したもので、国王の時計師アンス・デ・エバロが制作した世界最古の時計の一つで、スペインのエル・エスコリアールに現存する時計よりも貴重なものである。日本の大航海時代 (15世紀~17世紀前半)、大御所徳川家康の駿府は世界に冠たる都市であった。 この時計の数奇な由来を知ることは静岡の歴史と文化を再認識し、静岡市の新たな発展への希望となりましょう。400年前の洋時計の音は現在でも実際に聴くことができ、「駿府静岡からくり時計」として、今に再現し、未来を担う子供たちへとつないでいきたい。平成24年実現に向けて第一歩として、昨年12月から郷土史家黒澤脩氏による連続講座を行ってきました。今後いろんな講座を企画しますので皆様のご参加をお待ち申し上げております。

駿府静岡から世界が見える。

 徳川家康の駿府大御所時代は単なる隠居の時代と考える人が多いが、隠居とは口実で家康は隠居を「隠れ蓑」として徳川の延命を画策した。それが、駿府であり「駿府大御所政治」である。
 天皇公家をを拘束する「禁中並公家諸法度」宗門を統制する「寺院法度」大名を拘束する。「武家諸法度」や「元和一国一城令」など、いずれも駿府城で徳川家康が立案した。大胆な政策があった。
 駿府政権を支えた。家臣たちはユニークだった。家康は氏素姓に拘わらず実力ある者の能力を限り無く利用した。
 駿府での家康は国際外交にも深く関わった。家康はイギリス・オランダ・スペイン国王の使節を駿府に招聘し画期的外交を17世紀初頭に展開している。駿府で日本とオランダの間で我が国外交史上最初の国交締結がなされている。画期的な出来事であるが、この事実を知る人は少ない。
 また、家康はウィリアム・アダムスに造船させた我が国最初の渡洋船で、太平洋を横断させ、メキシコのアカプルコに渡らせていた。
 筆者(黒澤脩)はこの快挙を「大御所派墨使節」として、歴史に残すべきと強く考えている。
 また、山田長政やソンタム国王使節も、家康とアジア外交の中で記憶されるべきであろう。